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あんこ革命

あんこ革命

その日は12月になって初めての冬到来を感じさせる北風冷たい日だった。午後1時過ぎ、私は近くのそば屋で”あんかけそば”と”かけそば”を食べ、「ああ食べすぎたな」と少し後悔しながら店へ帰ってきた。

店に入ると中年の男性客がうちの店員さんに何か話し掛けている。彼女は私を見つけて「あっ社長!こちらのお客様があんこのことでお尋ねしたいそうです。お願いします。」と困った顔ですがりついてきた。

「いらっしゃいませ、あんこのことでございますか?」「あっ社長さんですか?お宅のあんこ、これ本当のあんこの風味じゃないですよね、小豆の渋がとれきってないし・・・これじゃ、どうにもあんこがかわいそうですな。」と言う。いつもの自然な私の笑顔がカタカタとこわばっていく。

「そうですか、お客様あんこにお詳しいのですね。ご自分であんこをつくるのですか?」ときくと「ええ、つくりますよ、本当のあんこをね。」と答える。「う〜む、じゃあうちでやってみていただけませんか?貴方ののあんこを食べさせてください。」表情を柔和に保とうと努めながらも、私の心はケンカ腰になっている。

中年氏に白衣と帽子を手渡し、準備をしてもらってから本店裏の工場へと案内した。 「こんにちは!」「いらっしゃいませ」工場の社員さんたちはいつもの明るいあいさつでこの挑戦者を迎える。彼がどんなお客なのか何も知らないのだ。

あんこ革命

「うちのあんこは本当の味じゃない。とこの方がおっしゃるので、本物の味を教えていただこうと思う。お手伝いを頼みます。」と言った。製造部長の甲斐はムッとした顔をして「どうしてこんな人を連れてきたんですか?」と目で訴えかけてくる。当然だ。これまでこんなことは無かった。

原料の小豆は合格。永年、北海道十勝産の極上品を使っている。だが、砂糖は違うという。これでは味の後切れが良くないという。でも急には用意できないから、今ここにあるものを使ってもらう。

あんこの仕込みが始まった。釜に火が入る。驚いたことに、これまでの菓子屋の常識とは全く違ったやり方だ。「部長!ちょっと用があって出掛けてくる。すぐに戻るから後をよろしく。」と言って何とも複雑な気持ちで私は工場のドアを閉めた。

あんこ革命

しばらくして携帯が鳴った。もうすぐあんこが出来上がるとのこと。急いで中年氏のところへ行く。するとちょうどキラキラと輝いて粒餡が出来上がったところだった。中年氏はスプーンであんこをすくい、どら焼の皮にはさんで、「社長、はい、どうぞ。」と渡してくれた。

食べる。ひと口、ふた口、み口、「もひとつ下さい」食べる、ひと口、ふた口・・・・・旨い!口のなかから鼻にまで小豆の風味がふくよかに広がる。明らかに当店の粒餡とは違う。途中で、うちのどら焼を封切って食べた。違う。風味も旨味も劣る。うちのどら焼が好きで毎日のように食べていた私が、ふた口と食べれない。完敗だ。

周りは、いったいどういうことになるのか、と心配そうな顔をして私を見ている。「部長!そしてみんなも食べてみてくれよ。こりゃ旨いあんこだぞ。」

中年氏がニヤリとして部長にどら焼を手渡す。他の社員さん達にも次々と手渡していく。部長も2個食べた。そして、その場にしゃがみ込んでしまった。「これまで三十年近くも、いったい俺は何しちょったんじゃろ・・・」とつぶやく。

甲斐が立ち上がって言った。「社長!絶対このあんこの方が上です。社長お願いして下さい。」「本当にいいとか!?もう戻られんぞ。」「はい、わかっています。お願いしてください。」

その一瞬から謎の中年氏は”先生”になった。「製餡の考え方と技法を一から学び直したいのでどうか当店に教えていただけないでしょうか。」私は部長と並んでお願いした。「・・・なんとかしよう・・・。」引き受けて下さった。

あんこ革命

数日して、”あんこ大改革プロジェクト”がスタートした。近くのビジネスホテルが先生の御宿だ。永年使用してきた製餡機も未練なく捨てた。大仰な機械など要らないのだ。

クリスマスを前に工場の全員が、秒読みで動き回り、男性社員は連日夜半まで残業がつづく菓子屋の最も忙しい時期だ。周囲の喧騒をよそに、製餡室では、甲斐とあんこ専任の小野の二人が先生に密着して指導を受けている。こうして二週間にわたり厳しくもユーモラスに、あんこ大改革プロジェクトが進行していった。

あと四日でイブという日が先生とのお別れの日だった。部長の甲斐は握手した手がなかなか放せなかった。涙目になっている。先生は最後に「小豆の気持ちになって小豆を炊くこと、忘れないでくれよ。」と言って、甲斐の肩に手を置いた。

こうして虎屋のあんこが変わった。全てが進化したあんこになった。気づいたお客様かあら「あんこが変わったわね、前のあんこもおいしいと思っていたけど、こちらの方がずっと風味があっていいわ。」と言われた。全くそのとおりなのだ。

あれから二年と半年が過ぎた。旨いあんこが遠くまで評判になっているようで、ひと月からふた月に一度、県外のいかにも菓子屋という店名のところから発送依頼の注文が来るようになった。「やぶれまんじゅうとどら焼と栗きんつばを各十個づつ、サービス箱でいい。」といった具合だ。

「出逢いによって人は変わる。」といわれるが、味もまた出逢いによって変わると知った。

後日談になるが、先生は知る人ぞ知る和菓子の名人・天才の方だった。別の用件でしばらく当地へ滞在していたときの出来事だった。 う~む ご縁に感謝 

平成16年7月2日 日向の国 風の菓子 虎屋  主人 上田耕市